丁字長屋は古い建物だ。おまけに部屋は板カベ一枚で仕切られているだけである。所々にあいた穴は雑誌のグラビアが貼ってあったりする。当時のスター美空ひばりや佐田啓二などが各部屋のカベをにぎやかに彩っていたものだ。プライバシーなどはほとんどないに等しい。隣の話し声はよほどの囁きでない限り聞えるし、夫婦げんかなど起きようものなら向う三軒両隣りモロに聞えた。そして夫婦げんかとなると仕切屋のマサおばちゃんの出番である。さっそく仲裁に走ってくる。このマサおばちゃん。正確にはこちらの放言で、「おばちゃん」や「ばあさん」の事を「ばやん」と言っていたので、「マサばやん」である。 マサばやんは赤胴鈴之助のライバル、竜巻雷之進に風貌が似ていた。気っ風がよく、少々おせっかいだが、他人のことをほっておけない面倒見のよい人であった。この頃はこういうオバチャンがどこかに必ずいたものだが、最近はあまり見かけない。というか、居るんだろうけど、まわりが相手にしない時代になってしまった。 私ら子供達もよく怒られた。といってもケンカしたりとか、騒いだりとか、子供っぽいイタズラとか、そういった事には一切何も言わない。ニコニコと見ているだけである。マサばやんが怒るのは「礼儀作法」に関してであった。人に会ったら必ず挨拶をする。他人のモノを壊したり、相手にケガさせたりした時には、きちんと謝らせる。困った人がいるとみんなで助ける。ウソをついたり、見て見ぬふりなどしようものなら、烈火の如く怒る。どこの子供であろうと遠慮はしない。すべてに公平に接した。また、この頃はそういう行為が受入れられた時代でもあった。 このマサばやんが最も力を発揮するのが、年頃の青年男女の縁結びである。どちらかというと最初につかまるのは男が多かった。「あんた、もうそろそろ身を固めてもいい頃だね?誰かいい人いるの?」。「いない」なんて言おうものなら、マサおばちゃんは口元をニヤリとゆがめて、気色満面で次の言葉を放つのである。「そーぉっ、よし、私にまかしておきなっ!」マサばやんはどこからともなく写真を集めてくると口撃を開始する。写真は一応数枚用意しているのだが、マサばやんの心の中ではもう相手は決めてあるのだ。「この娘にしときなよ」「この娘はね・・・」立板に水というのはこの事だろうか、優秀なセールスマンのように延々としゃべりまくる。で、強引に「うん」と言わせると、あとは親身になって一切を取り仕切り、結婚まで持っていく。そして結婚式では誰よりも大きな声で「ゴウゴウ」と泣いた。しかし、この人が取り持った縁で結婚した夫婦が何組いたのかはわからないが、「私が世話して別れた夫婦はいない」と、いつも自慢していたので、それなりに人を見る目はあったのだろう。この頃はまだ見合い結婚が多かったので、活躍する場は多かったろうが、それにしても、いくらこの時代でも、まったくのボランティアでここまで世話できる人はそうはいない。 しかし、マサばやんは私が小学校3年になった頃、交通事故で死んでしまった。この街ではまだ交通事故など滅多になかった時代。「なんで車なんかにハネられて死ぬんだ」という旦那さんの声がむなしく響いた。 葬儀がすごかった。貧乏長屋に住む一介の主婦であるにもかかわらず、参列者は後を絶たず、周辺道路や空地は人で埋め尽された。この光景がマサばやんの生き様を物語っている。 「マサばやん」は日本一の「おばちゃん」だ。 ●
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