[その2]勘ちゃんオンステージ

 いよい大観衆の前で歌う晴れの舞台。「次が魚勘だ!」「いよいよ太助の出番だわ!」勘ちゃんはもともと店の周辺では人気者である。しかも、まだカラオケのない時代、民謡以外の出場者は全員が無伴奏であった中、さっそうとギターをかかえて登場したのである。あらかじめ店の客に配っておいた何本もの紙テープを一身に受け、太陽族スタイルで得意の「ダイアナ」を自ら演奏して歌い踊る彼の姿は他を完全に圧倒していた。出番が終っても拍手はなかなか鳴りやまず、次の出場者がなかなか歌い出せないくらいである。だが、しかし、終ってみれば審査結果は3位であった。
 優勝したのは銀行支店長の息子、準優勝は老舗呉服問屋の娘。何のことはない、スポンサーに花を持たせるお定りの出来レースだったわけだが、収らないのは観衆である。会場はとたんに大騒ぎ、中でも勘ちゃんのファンを自負する花街の姉さんたちがいっせいにステージへと押し掛け、それにつられた他の観客たちも続いたもんだから、仮設のステージはあっというまに潰れ、さらに隣接していたやぐらまでも押し倒してしまった。ものすごいパワーである。
 そんな騒ぎをよそに、当の勘ちゃんはすました顔で「ま、人生いろいろあらァな」と自転車でいつもにように颯爽と帰っていった。その後しばらくの間、こんどは「ま、人生いろいろあらァな」が私達子供の間で流行語となった。
 勘ちゃんにとって順位や賞品などはまったく問題ではなく、ただ純粋にロカビリーが好きで、それに「実力では俺が一番」という自信があったのであろう。事実、観客の騒ぎがそれを証明している。
 勘ちゃんは本当はプロの歌手になりたかったのではないだろうか。これはあくまでも推測だが、裏付けとなる出来事はあった。家出したのだ。「まさか、あの勘ちゃんが・・・」。「親孝行で働き者の魚勘が家出したぞ!」噂はあっという間に広まった。両親も自慢の息子の家出とあって相当にうろたえた事であろう。いよいよ捜索願いを出そうかという家出から5日目、勘ちゃんはふらりと帰ってきた。「よかった!よかった!」安堵の胸をなでおろす大人達とは対照的に、どこか寂しげな勘ちゃんのつくり笑いが妙に不自然だったのを覚えている。そして皆に気づかれないようにそっと私に紙切れをくれた。「お前、歌が好きだったよな、これやるよ・・・」。それは東京のジャズ喫茶、銀座テネシーのチケットとパンフレットを小さく折りたたんだものだった。その時はほとんど読めない文字ばかりだったので理解できなかったのだが、後年読み返してみると、オーディションに関する内容だった。
 勘ちゃんはどうしてもプロ歌手になりたい気持ちを抑えきれなかったのであろう。だが一人息子で大事な跡取り、それも十分に承知している。だからこそ悩んだ末に何も言わず東京までオーディションを受けに行ったのではないだろうか。実力だけでも試したいために、そして、たぶん落ちた・・・。
 彼の家庭でのやり取りや東京でのいきさつはもちろん誰にも分らないが、あの日以来、勘ちゃんは人前では一切、歌もギターもやらなくなった。


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