西郷輝彦秘蔵お宝写真館
[写真左]まだういういしさが残るデビュー前。
雑誌平凡/昭和39年2月号

下の写真は西郷輝彦が人気沸騰した昭和39年頃、当時、駄菓子屋に「プロマイドくじ」というものがあってそれで引き当てたもの。中学生だった私は毎日のように通ってクジを引いた。「プロマイドくじ」というのは、新聞紙の袋に入っていて中身は当然見えない。つまり中のプロマイドが誰なのかは当たるまでわからないのだ。(スリル満点!)おかげで自分のお目当てではない水前寺清子や北島三郎などのプロマイドも随分たまってしまった。いろんなスターのものが500枚くらいはあったろうか、残念ながら火災によって全部焼失してしまったが、下は水浸しになりながら焼けずに残った貴重なプロマイドである。


当り番号により大きさが違う。特等はかなりデカク、しかもカラーだったりする。上の2枚は一番小さいものでたしか5等だったかな?左は4等でやや大きい。

●生写真である。
中学2年の時に西郷輝彦の鹿児島公演があることを聞きつけた私は、同じく歌手志望で西郷ファンだった親友(悪友?)を誘い、宮崎から鹿児島まで鈍行列車にゆられて行った。学校はもちろんズル休みである。しかし、私とその親友がいつもツルんでいた事はみんな知っていたので、ズル休みであることはすぐにバレてしまい、こっぴどく怒られてしまった。(アハハ)下の写真はその時にその親友が撮影したもの。そいつはかなり度胸の座ったやつで、撮影は禁止されていたにもかかわらず、バシャバシャ撮っていた。後で分けてもらった私が小躍りしたのはいうまでもない。


[写真上]はかま姿も凛々しく「青年おはら節」を歌う。
[写真右]「十七才のこの胸に」を歌っている場面。ラッパズボン(パンタロン)が懐かしい。

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