昭和26年(1951)国内でヒットしたポピュラー(外国曲)
●家へおいでよ /カモナ・マイ・ハウス (Come on my house)
歌:ローズ・マリー・クルーニー
紅茶とコーヒー、キャンディ、なんでもあげるよ、家においで。なんて気前よく江利チエミが日本語で歌っていた。もちろん本家はローズ・マリー・クルーニー。
作曲はRoss Bagdasarianwだが、これはペン・ネームで、その正体はデビット・セビル。劇作家のウィリアム・サローヤンとの共作だった。デビット・セビルと言えば、チップ・マンクスでも有名だが、「ウイッチ・ドクター」(日本語タイトルはロックを踊る火星人)をヒットさせた。と言った方がわかりやすいかも知れない。彼はまた、ヒッチコックの「裏窓」にピアニスト役で出演したり、ヒッチコックもいたずら好き(なんて言ってちゃ怒られるが)なので息があったのだろうか?
また、パーシー・フェイス楽団のオーボエ奏者で、のちに日本でも大人気となった合唱団のリーダー、ミッチ・ミラーがレコーディング・ディレクターだったりするからおもしろい。
カモナ・マイ・ハウスは6週間チャートトップ、17週間ベストセラーを記録、ローズマリー・クルーニーはこの曲で一躍スターダムにのしあがった。
●トゥー・ヤング (Too Young)
歌:ナット・キング・コール
シド・リップマンとシルヴィア・ディーの共作。5週間全米ヒットチャート1位、29週ベストセラー、ナット・キング・コールの4番目のミリオン・セラーになった。
●エニー・タイム(Annytime)
歌:エディ・フィッシャー
1921年にハーバート・ハッピー・ローソン作曲。1948年にエディ・アノールドによって大ヒットしているが、エディー・フィッシャーが再びリバイバル・ヒットさせた。
●モッキン・バード・ヒル(Mockin' Bird Hill)
歌:パティ・ペイジ
1949年にヴォーン・ホートン(V.Horton )によって作られた曲で、1976年には「NHKみんなのうた」でも放送された。
●世界は日の出を待っている
(The World Is Waiting For The Sunrise)
Ernest Seitzの曲で、ジャズ・クラリネット奏者、ジョージ・ルイスでも有名だが、レス・ポールの華麗なギター・テクニックも秀逸。
●ハウ・ハイ・ザ・ムーン(How High The Moon)
1940年モーガン・ルイスの作曲
上記の3曲はレス・ポール&メリーフォードでもヒットしているが、当時、まだ珍しかったエレキ・ギターなどをフィーチュアーし、おそらく世界最初の多重録音技術を考案、そのギター・テクニックだけではなく斬新で意欲的なアイデアを次々と盛り込んでいる。
レス・ポール&メリーフォード(Les Paul & Mary Ford)
レス・ポールはカントリー・シンガーのメリー・フォードと結婚し、レス&メリーとして「世界は日の出を待っている」「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」「モッキン・バード・ヒル」「ヴァイア・コン・ディオス」などのミリオンヒットを連発。レス・ポールはまた、エレキ・ギター制作者としても有名で、1941年に自作のピックアップ付きソリッドギターギブソン社に持ち込むが、やや時代が早かったのか相手にはされず、しかし、ライバルのフェンダー社がブロードキャスターを発表するや、あわてたギブソン社は手のひら返しのレス・ポールに開発以来。そして誕生したのが名器「レスポール・モデル」。1952年のことだった。
●真珠の首飾り(A String Of Pearls)
1941年にグレン・ミラーと関わりの深いジュエリー・グレイによって作曲。映画「グレン・ミラー物語」の中で妻ヘレンに本物の真珠の首飾りを贈るシーンに使用される。
●ブル−ベルベット
歌:トニー・ベネット/バニー・ウエイン/リ−・モリス:作詩・作曲
トニー・ベネットの歌はニューヨークのアクセントが強く、多くのコメディアンにものまねされた。1963年にボッビー・ヴィントンによってリバイバルヒット。また1986年に同盟の映画も作られている。
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