PHOTO:暁テル子(平凡)
9月8日、アメリカによる占領政策が終結。サンフランシスコ講和条約に調印した日本は独立を回復する。まだ朝鮮半島が戦火に包まれている最中で、さらに東西の冷戦が激化するなか、日米安保条約とのセットで日本は西側陣営として新たに国際社会へ足を踏み出した。
占領下における統制や生活物資の配給が次々に解かれ、自由経済が復活する。が、しかし、自己調達を余儀なくされると同時に物価はグンと跳ね上がり、企業経営や国民の生活は圧迫された。まだまだ、物資は乏しかったのである。
生きていくためには少年少女達も働いた。女の子は花売り、男の子は靴磨きが定番であったが、「ひばりの花売娘」「東京シューシャン・ボーイ」などはそんな世相を反映させた歌だ。政府としては軍国日本のイメージを払拭するために、独立を機に「教育」を重点政策として前面に打ち出したのだが、義務教育もまともに受けられず、夜遅くまで働く子供達は街に溢れていた。
一方、スポーツ分野では国際大会への参加が認められ、またエンターテイメントの世界ではテレビの実験放送が始まり、映画産業は益々隆盛へと向かい、新しい流行歌が次々と生まれて、何かと沈みがちな庶民に元気を与え続けた。
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