ビクター


PHOTO:近代映画社

橋 幸夫

昭和18年5月3日生れ
本名:橋幸男
東京都出身
昭和35年「潮来笠」でデビュー以来、股旅・時代物でスターの座を確立、徐々に青春歌謡、リズム歌謡に路線転換。舟木一夫、西郷輝彦とともに「御三家」と呼ばれた。

[代表曲]
江梨子(昭和37年1月/1962)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
若いやつ(昭和37年6月/1962)TBSドラマ同名主題歌
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
いつでも夢を(昭和37年9月/1962)第4回日本レコード大賞受賞曲。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
吉永小百合とのデュエット。このコンビによるデュエット曲は数多い。
若い東京の空の下(昭和38年5月/1963)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
吉永小百合とのデュエット。
白い制服(昭和38年9月/1963)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
手をケガして入院していた時、見舞いに来た佐伯・吉田コンビが、かいがいしく働く看護婦の姿にヒントを得て作った曲。はじめてのセリフ入り。
若い歌声(昭和38年12月/1963)吉永小百合とのデュエット
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
TBSテレビ「いつでも夢を」主題歌。
赤いブラウス(昭和39年2月/1964)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
そこは青い空だった(昭和39年5月/1964)吉永小百合とのデュエット。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
恋をするなら(昭和39年9月/1964)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
僕らはみんな恋人さ(昭和40年10月/1965)
作詞:岩谷時子/作曲:いずみたく
雨の中の二人(昭和41年1月/1966)
作詞:宮川哲夫/作曲:利根一郎/編曲:一ノ瀬義孝


PHOTO:近代映画社
三田 明

昭和22年6月14日生れ
本名:辻川潮
東京都出身
日本テレビの「ホイホイ・ミュージックスクール」で認められ、昭和38年、16歳でデビュー。青春歌謡ブームのさなか、コロムビアの舟木一夫に対抗すべく「ビクターの最終兵器」と期待されて送り出された。写真家秋山庄太郎に「日本一の美少年」と絶賛される。一時は御三家に加えて四天王と呼ばれた事もある。元祖アイドル歌手といってもいい。

[代表曲]
美しい十代(昭和38年11月/1963)デビュー曲。
作詞:宮川哲夫/作曲:吉田 正
みんな名もなく貧しいけれど(昭和38年11月/1963)
作詞:宮川哲夫/作曲:吉田 正
友よ歌おう(昭和39年3月/1963)
作詞:宮川哲夫/作曲:吉田 正
若い港(昭和39年4月/1964)
作詞:宮川哲夫/作曲:吉田 正
ごめんねチコちゃん(昭和39年6月/1963)
作詞:安部幸子/補作:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
雑誌「平凡」の一般公募による詞。「♪ごーめんね ごめんね チ〜コ〜ちゃん」の後、ファンが一同に「ハ〜イ あきら」と応えていた。
スキー仲間(昭和39年12月/1965)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
明日は咲こう花咲こう(昭和40年4月/1965)
作詞:西沢爽/作曲:吉田 正
泣かせてごめんネ(昭和40年8月/1965)
作詞:白鳥朝詠/作曲:吉田 正


PHOTO:平凡
久保 浩

昭和21年11月1日生れ
本名:久保正憲
福岡出身
ビクターの吉田門下生としては橋幸夫の弟分にあたる。青春歌謡はわりと明るい曲が多かったのに対し、ハリのある低音と大人っぽい歌唱で、失恋の歌を多く歌った。

[代表曲]
霧の中の少女(昭和39年8月/1964)デビュー曲。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
白百合悲し君に似て(昭和39年10月/1964)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
恋物語(昭和40年1月/1964)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田正
青春詩集(昭和40年7月/1965)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正


PHOTO:平凡
松島アキラ

昭和19年7月5日生れ
本名:松島重彦
東京都出身
人気バンド「ウェスタンキャラバン」出身。同バンドでは西郷輝彦の先輩ということになる。作曲家渡久地政信にスカウトされた。ニックネームはスピッツ。

[代表曲]
湖 愁(昭和36年10月/1961)
作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信
マドロス高校生(昭和37年3月/1962)
作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信
あゝ青春に花よ咲け(昭和37年7月/1962)
作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信
十代の河(昭和37年9月/1962)
作詞:沖永良一/補作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信
●悲恋湖(昭和38年6月/1963)
作詞:宮川哲夫/作曲:渡久地政信


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川路英夫

昭和23年7月22日生れ
本名:河路秋武
名古屋市出身
作曲家の桜井稔氏に師事、ビクターの新人オーディションに合格して歌手となる。

[代表曲]
胸に飾ろう幸せを(昭和39年11月/1964)デビュー曲。
作詞:宮川哲夫/作曲:大野正雄
輝く瞳に光る星(昭和40年3月/1965)
作詞:宮川哲夫/作曲:大野正雄
あゝ好きなんだ(昭和40年7月/1965)
作詞:白鳥朝詠/作曲:石田 進


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永井秀和

昭和26年12月3日生れ
本名:永井仁
東京都出身
昭和42年、中学三年生の時にビクターから「夕陽のチャペル」でデビュー。続く「恋人と呼んでみたい」が大ヒット。日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。昭和43年に映画化され主演、一度は歌手を引退し、学業に専念。大学卒業後に復帰後はテレビなどで活躍。父親は劇団・麥(むぎ)を主宰する俳優永井秀明。

[代表曲]
夕陽のチャペル(昭和42年4月/1967)デビュー曲。
作詞:山上路夫/作曲:寺岡真三
恋人と呼んでみたい(昭和42年10月/1967)
作詞:有馬三恵子/作曲:寺岡真三


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光宮 正

昭和23年4月29日生れ
本名:同じ
神戸市出身
「10人抜きのど自慢」出身。三田明、久保浩に続く吉田門下生で、歌い方も三田明を彷彿とさせる。

[代表曲]
風と光と僕達は(昭和40年8月/1965)雑誌[美しい十代]歌詞募集当選歌
作詞:三浦芳子/補作詞:宮川哲夫/作曲:吉田 正
若い旅人(昭和40年/1965)フジテレビ「リンナイタワーの歌」
作詞:白鳥朝詠/作曲:吉田 正


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吉永小百合

昭和20年3月13日生れ
本名:同じ
東京都出身
児童合唱団から昭和33年、TBS連続ラジオ劇「赤銅鈴之助」でデビュー、昭和34年に「朝を呼ぶ口笛」で映画デビュー。「サユリスト」と呼ばれる熱烈なファンが出現する程のスターとなる。浜田光夫とともに日活青春路線の中心として活躍。

[代表曲]
寒い朝(昭和37年5月/1962)デビュー曲。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
いつでも夢を(昭和37年10月/1962)第4回日本レコード大賞受賞曲。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
橋幸夫とのデュエット。
嫁ぐ日まで(昭和38年9月/1963)フジテレビ「嫁ぐ日まで」主題歌●
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
愛と死のテーマ(昭和39年10月/1964)
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
青山和子の「愛と新をみつめて」とおなじ小説がテーマで、こちらは日活が映画化した「愛と死のテーマ」の主題歌。
未成年(昭和40年5月/1965)日活映画「未成年」主題歌
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
勇気あるもの(昭和41年11月/1966)コーラス:トニーズ
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正


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いしだあゆみ

昭和23年3月26日生れ
本名:石田良子
大阪府出身
小学6年の時フィギュア・スケートオール関西選手権で優勝。昭和39年、テレビドラマ「七人の孫」に出演。歌はいずみたくに師事。昭和39年「ネェ、聞いてよママ」で歌手デビュー。

[代表曲]
サチオ君(昭和39年6月/1964)
作詞:岡田教和/作曲:いずみたく
みどりの乙女(昭和40年2月/1965)
作詞:岩谷時子/作曲:いずみたく
愛さなければよかった(昭和40年8月/1965)
作詞:岩谷時子/作曲:いずみたく


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柏木由紀子

昭和22年12月14日生れ
本名:同じ
東京都出身
劇団若草を経て映画界入り。昭和40年TBS「東京の人」のヒロインに抜擢される。昭和46年坂本九と結婚。おしどり夫婦として有名だった。残念ながら昭和60年8月の日航機墜落事故で坂本九は他界したが、いまだにその人柄はは多くの国民に愛されている。

[代表曲]
若い真珠(昭和40年12月/1965)デビュー曲。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正
雑誌「女学生の友」連載「若い真珠」がテーマの曲。
愛の手紙は幾年月(昭和41年8月/1966)三田明とのデュエット。
作詞:佐伯孝夫/作曲:吉田 正

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