5月である、ぱぁとつー。
新緑が芽吹くこの季節はまた、新らし物好きにはたまらない初物の季節でもあるが、中でも新茶の香りとともに欠かせないのが初鰹。 「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」。山口素堂がこの句を詠んだのは延宝6年(1678)頃と云われている。それまで鰹を生で食べる習慣はなかったのだが、この時期の鰹は刺身でこそ絶品と、粋人の江戸っ子に示した句だ。短気で見栄っ張りの江戸っ子にとって、誰よりも先に「初」と名の付くものを食べることこそが生きがい。そしてなによりも魚好き、以来、初鰹はその最高位となったのである。 刺身というと今ではわさび醤油が一般的だが、江戸っ子は初鰹の表皮を残した「銀皮造り」の刺身に「からし酢」こそ「粋」としていた。白身魚はわさび、イカ類がしょうが、そして鰹はからし、というのが本来の薬味なんだそうである。「魚は赤身を食べるもの」とされていた江戸の昔は、例えば、同じ赤身の魚でもマグロなどは腹の脂身(トロ)、今では高級とされているこの部分を捨てていた。だが、小振りの鰹はこの脂身も一緒に食べていたわけで、これにからし酢というのがいちばん旨かったので定着したらしい。独特の生臭さが消えて確かにこれは旨い。 さて、鰹といえば土佐、土佐といえば「タタキ」。いまでは「タタキ」も一般的だが、火であぶる調理法が考案されたのは延亭2年(1745)だといわれている。旨み成分を逃がさずに皮をやわらかくするため、あるいは食あたり予防、旬の野菜との取り合せ、など様々な理由があげられるが、少しでもおいしく、たくさん食べたいという先人の知恵が生みだしたものであろう。他にも、「鰹茶漬け」「鰹のヅケ」「チヂレ鰹」など、土地土地によって美味しい食べ方は色々ある。 江戸の町では、天秤棒を担いだ威勢のいい魚屋が、その日魚河岸から仕入れたばかりのイキのいい魚を売りさばいていたことだろう。現代では、特に私の住んでいる田舎ではスーパーで調達するしかない。しかも、最近は冷凍モノが幅を利かせていて、なかなか天然モノにはお目にかかれない有様である。たまに見つけてもこれが高いのなんの!だが、高いのは江戸時代も同じで、資料によると、大体、普通は鰹1本が一両前後、場合によっては三両することもあったそうで、現代の貨幣価値に換算すると一両は約8万円といわれているから、なんと8〜24万円!もっとも、1本まるごと一人で食べるわけではないだろうが、数人で分けたとしてもやっぱり高い。だが、高いからといって引き下がるようでは江戸っ子ではないのである。う〜む。 財布が気になる私ごときでは、江戸の粋人の心境にはとても到達できそうもないなあ・・・。
2003.5.2
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