●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●PHOTO:東芝EMI

 戦後の焼け野原に軽やかな「リンゴの唄」が流れた時、敗戦に打ちひしがれた人々の心がパッと明るくなりました。
 歌は時として、生きる勇気を与えてくれます。あるいは、つらい時や悲しい時、うれしい時や楽しい時、人生の節目節目に、必ず心に刻み込まれる歌がありました。
 思えば、私が最初に覚えた歌謡曲は鶴田浩二の「街のサンドイッチマン」です。3歳の時でした。といっても私自身はほとんど記憶がなく、「あなたは小さい頃にいつも歌ってたのよ、♪サンドイッチマ〜ン、サンドイッチマンて」と母が苦笑しながら話してくれたので自覚したのですが…。
 やがて、♪これこ〜れい〜しの地蔵さ〜ん、と歌いながら小学校に通い、中学校の校庭ではうす紫の藤棚で女学生に恋をし、そよ風が僕にくれた可愛い恋を、木枯しが奪っていったのは16の夏でした。真っ赤なエレキを小脇に抱え、アイドル気取りで女の子を追っかけ回したのもつかの間、あっという間にブームは去り、いつしか私も大人になっていました。
 人はオトナになり歳を重ねるにつれて、いろんな情報や経験がくっついてきます。それに思い込みや先入観が混じり合ったデコボコ頭では物事を素直にとらえることは難しくなる。自分が辿ってきた時代は生きた証でもあり、人生の原型がそこにあるはずです。豊かな感受性を持って感銘を受け、感動した自分が……。しかし、過ぎた日々は帰らない。だからこそノスタルジーなのでしょう。
 私の生きた「昭和」。
遠い日の純粋だった自分と時間・空間・空気がそこにはある。ただ懐かしむだけではなく決して忘れたくはない。原点だから。

 時は流れ、だんだんと遠ざかっていく「昭和」。その時代を共有した輝くばかりのスター達とその歌。そして彼等に送られた人々の拍手喝采が私の耳に鳴り続ける限り、エネルギーがいっぱい詰まったこの昭和という時代と、そしていつも庶民とともにあった「歌謡曲・流行歌」を語り継いでいきたいと思っています。

by.NORA(編集長)


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