私がガキの頃住んでいた長屋の、たった一カ所の窓から見える山あいは夕陽の名所だった。もちろん私一人がそう思っていただけだが・・
今にもヤケドしそうな、大きくて真っ赤な夕陽がその山あいにさしかかり、街並を染め、峠道に長い陰を作る頃、広い原っぱで「チャンバラごっこ」や、日活アクションを真似た「拳銃ごっこ」で日がな一日遊び回った子供達に、母親達の夕飯を告げる声が届く。しばし、滝伸次になりきっていた私の顔の前で夢のシャボン玉がパン!と割れた。現実に引き戻され、仲間に別れを告げると一抹の寂しさがつのる。しかも夕陽の落ちるのは早い。そうこうしている間にすぐ暗くなってしまうのだ。
この「寂しさ」は遊びが終ったことによるものではない。遊びはまた明日やればいい。どんなに仲間内で渡り鳥(ヒーロー)を演じようとも、何か今一つ満たされないことからくるものだが。満たされないものとは何だろうか・・実は私が本当に演りたかったのは滝伸次ではなく、信夫少年だったのかも知れない。
私の家庭は母一人子一人で、母親は昼も夜も働いていたので、物心ついた頃から「孤独」が体に染みついていた。だからといって暗かったわけではないし、スネていたわけでもないが、むしろその逆で、「誰にも頼ってはいけない」。どんなことでも一人で判断し、処理していく生き方が自然と身につき、一本気で向う意気は強かった。(自分勝手で生意気。という声もないではないが)(笑)もちろん滅多に表には出さないが、本当は孤独感からくる反動で「俺はここにいるぞー!」と常に心の中で叫んでいた。
私の心の中にある小林旭像は「孤高の人」である。実際にはどうだったかは知らないが、「群れをつくらない」「体制や権力には常に立ち向う」。というイメージは自分の生き方に少なからず影響を与えている。あるいは「義侠心に厚く、弱い人や困っている人を見過せない」という面もそうだ。ちょっと度が過ぎて「おせっかい」になってしまったきらいもあるが、とにかく、これらは決して演じた映画から受ける印象だけではないような気がする。いずれにしても、子供なりに、そういうアキラ像に自分自身の生き方を重ね合わせていたのがこの時期である。だが、しょせんは子供。やっぱり一人は淋しいのだ。そこでこんどは「アキラ」を演じるのをやめて、少年の目で「アキラ」を見る。そこには、一人で各地をさすらい、悪党どもをやっつける強いヒーローがいた。そして、ふらりと現れて、信夫少年を助け、元気づけた滝伸次が・・・。
私はいつも待っていたのかも知れない。「いつか渡り鳥のお兄ちゃんがやってきて馬に乗せてくれる」のを・・・。
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