私は日本映画が大好きである。それも古いやつ。もちろん外国映画も観るが、映画全般の中で、という意味である。やはり日本人であるし、理屈ではなく感性だから。さらに、偉い評論家の面々には「B級」とされているものがいいときている。ようするにひねくれ者なんであるが、歌謡映画とか、たあいもないドタバタ喜劇とかは、おもちゃ箱のようになんでもかんでも詰め込んであって、最も俗っぽく庶民文化を反映させていておもしろい。
 そんな私の映画人生の原点は小林旭の「渡り鳥」シリーズだ。実は最初に観たアキラの映画は「渡り鳥シリーズ」ではなくて、もっと前の「孤獨の人」(昭和32年/1957)だが、いや、厳密に言えばはその前から観ていたと思うが、なんと言っても子供であるし、この時期アキラは脇役が多かったので意識していなかったか、あるいは記憶に残らなかったのであろう。したがって、はっきりと小林旭という存在を意識したのはこの「孤獨の人」なのである。「孤獨の人」は時の皇太子(現天皇)を描いた異色の映画で、ちょうど美智子さまとのロマンスが噂されていたので特に印象に残ったのかも知れない。アキラはこの時も脇役ではあったが、皇太子と交流のある学生の中でリーダー格という重要な役どころで、その姿が妙に心に焼き付いた。
 
その数年後の暑い夏。「南国土佐を後にして」(昭和34年/1959)で一躍脚光を浴びることになるのだが、私の住んでいた街でも、海水浴場や、祭りの会場でペギー葉山が歌う主題歌がガンガンかかっていたのを覚えている。この映画のヒットがきっかけで「渡り鳥」シリーズへと発展していくわけだが、おそらくシリーズは全部観ているはずである。内容はほとんど覚えてないが、高村倉太郎による美しい映像と滝伸次の姿は心象風景としてずっと忘れることはない。
 本当は、人は皆「渡り鳥」なのかも知れない。規則やしきたりでがんじからめに管理された社会は窮屈でしょうがない。今すぐどこかへ飛んでいきたい。だが、現実には飛べない。だからその思いを銀幕で演じてくれる「永遠の渡り鳥」アキラに託したのだ。昔から大衆演劇なんかでも股旅ものは人気があったし、紋次郎しかり、寅さんしかりである。本来なら「社会」というレールを踏み外したこの「アウトロー」達は、「タテマエ」では非難されるが誰も本気でそう思っちゃいない。「ホンネ」では自分もそうしたいのだ。「渡り鳥」だから。

PHOTO:明星

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