アキラを語る時にどうして比較されてしまうのが裕次郎である。裕次郎は日活、いや日本において押しも押されもせぬ大スターとして君臨していたのでやむを得ない面もあるが、アキラの俳優人生(特に初期の)においてどうしても欠かせない存在であることも確かだ。宍戸錠もいるが、宍戸錠は作品においての存在であり、裕次郎のそれとはやや質が違う。いろんな記事や読物でもほとんどがそうなっている。逆に裕次郎に関連する本ではアキラはそれほど登場しない。さらにメディアの扱いといえばほとんど裕次郎オンリーで関連記事も数多く、しかしアキラのは少ない。日活を支えた二大看板スターという意味では、裕次郎は早々と独立していったのに対して、アキラは日本映画が衰退し、日活がロマン・ポルノに方向転換するまで社に残って働き続けた。にもかかわらずである。したがって、そういう意味においてもここでもやはり引合いに出さざるを得ない。
 もともと日本のマスコミの姿勢というのは、偏重、追従、一極集中の傾向はあるのだが、例えば現役時代のO・Nにしても、純粋に数字だけを見れば成績は王選手の方が上だったにもかかわらず、メディアの露出度においては圧倒的に「長島」であった。王選手は台湾人だからというのもあったのかもしれないが、最初、何かのきっかけで「定説」みたいなものが出来上ってしまうと、もうそれで突っ走ってしまい、独自取材でそれを覆そうという動きはあまり見られない。まあ、マスコミも商売だからやむを得ない面も理解出来なくもないが。
 世間的に日活のアクション路線は裕次郎とアキラの「二枚看板」だったイメージが強いが、時期的には微妙にずれていて、両雄並び立ってはいない。
 アキラは高校時代からすでにエキストラとしてちょくちょく顔を出してはいたが、昭和31年(1956)5月、第3期ニューフェイスに合格して正式に日活に入社した。当然「大部屋俳優」からのスタートである。そして運がいいのか悪いのか、そのわずか前に封切られた「太陽の季節」で裕次郎が注目され、7月には早くも「狂った果実」で主演、脚光を浴びると、その後一連のムード・アクションで一躍トップスターとなった。この裕次郎の圧倒的人気の前に、この時期のアキラはほとんど陰に隠れてしまった感がある。いくら「大部屋」といっても「ニューフェイス」合格者はいわば幹部候補生みたいなものである。それに対して、裕次郎は役者としては全くの素人であったにもかかわらず、兄、慎太郎の存在もあり、どちらかというと日活側が三顧の礼で迎えたようなものだ。扱いが違うのも当然なのかも知れなかった。根っからの役者であるアキラにしてみれば裕次郎を意識せずにはいられなかったであろう。歳は三つほど上だがいわば同期なのである。このあたりのことはキネマ旬報社「小林旭読本」に詳しいのでそちらにまかせるが、そんなアキラも昭和34年(1959)「南国土佐を後にして」のヒットによって、ようやくはっきりとした路線が固まり、その後「渡り鳥」「流れ者」「銀座旋風児」などの人気シリーズを生みだし、スターの地位を確立していった。
 一方、その頃、裕次郎は北原三枝との逃避行、結婚、事故による7ヶ月のブランクなどで、さすがにその人気も下降気味で、入れ代るようにして人気が爆発したのが小林旭だったのだ。1年後輩の4期生赤木圭一郎も事故で他界し、日活の命運はアキラ一人の肩にずっしりとのしかかることになった。
 常々言っている「俺は子飼いの大部屋あがり」は決してひねて言っているのではない。それがアキラの役者根性の表現の仕方なのであろう。アキラが醸し出す「反骨」「哀愁」はキャラクターによって作られたものではなく、アキラの生き様そのものの様な気がする。要するにアキラそのものがキャラクターなのだ。

昭和33年(1958)、日活は、小林旭と、前年にデビューした沢本忠雄、この年デビューした川地民夫を「日活三悪トリオ」として売出そうとしていた。
写真は昭和33年の雑誌「平凡」9月号に掲載された「日活三悪トリオ」のグラビア記事。
舞台は築地の魚河岸(東京都中央卸売市場)で威勢のいい魚屋に扮したものだ。
左から小林旭、沢本忠雄、川地民夫
尚、この後小林旭がスターとなってからは、裕次郎は「平凡」、アキラは「明星」という構図になった。

 「日活アクション」と一口にいっても、裕次郎とアキラではキャラクターはまったく違う。作品によってはダブる部分もあるが、本質的なという意味で、という話。誰かが言った「アキラのアクションにはキレがある」。別の誰かも言った「スゴ味がある」。自伝にも書いてあるが、大部屋からはい上がり、なおかつ裕次郎と肩を並べるには、裕次郎にはできない「何か」が必要だったのだ。それがアキラ流の「アクション」だった。
 裕次郎も人気を不動にしたのは一連のアクション映画だが、どちらかというと「ムード・アクション」なのであり、いいか悪いかではなく、アキラのアクションと比べればまったりとしている。アキラは高校時代に柔道をやっていた。ことが生きているのかどうかはわからないが、とにかくその動きはゼンマイじかけのオモチャのように俊敏である。そして「スタントは使わない」すべてを自分でやる「こだわり」。もはや、演技というよりはギリギリの「勝負」である。そこには魂の奥底から湧いてくるような「情念」を感じざるを得ない。くれぐれも言っておくが、まだSFXなどは存在しない、生身の人間がやっていた時代の話なのだ。
 日活アクションの世界に横たわる、反モラル、アウトローを裕次郎が演じても、どこか育ちの良さが見え隠れする。だから子供がちょっとふざけてマネしても、大人達は黙って見すごせる安心感はあった。つまり、あくまでも約束事の上に成立っている演技だから。アキラも決して育ちが悪いわけではない。だが、冷遇時代に培った反骨精神からくる迫真の演技と、我が身を削るようなアクションは、子供がマネすると危険とさえ思えるほどのリアルさがあった。

アキラファンの中でも「通」を自称する者には、「渡り鳥」になる前のモノクロ裏番の評価が高い。一応、裕次郎のオモテ番で楽しんでおいて、ウラの小林旭でじっくりと味わう。というのが、いわゆる当時の「通」なんだそうである。特に「爆薬(ダイナマイト)に火をつけろ」「若い豹のむれ」「女を忘れろ」などの人気が高い。
表舞台に登場する前の小林旭は「大部屋」ということもあるが、主役があるかと思えば脇役をやったり、労務者からヤクザ、サラリーマン、高校生など幅広く演じている。それだけ会社のほうも路線を決めかねていたというふしもあるが。
PHOTO:「女を忘れろ」日活

 映画に限らず「娯楽」というものには数字だけでは語れない部分は少なからずある。いいホンがあれば、あるいはカネをかければ、いいものが出来るのかというとそうでもない。そこに関わる人間の情念、魂の叫びみたいなものが観る者を圧倒した時に、感情が呼応して共感を呼ぶのである。
 それが本当の「エンターティメント」なのだ。

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