昭和40年(1965)から昭和44年(1969)にかけて放送されたニッポン放送のラジオ番組「星に唄おう」。このDJを担当していたのが荒木一郎だった。森永乳業の提供で毎週月曜から土曜まで、時間は夜の10時50分から11時までのわずか10分の番組だが、荒木一郎の語りと歌は空前の反響を呼び、多くの若者の心をとらえて離さなかった。この番組でテーマとして流れていたのが「空に星があるように」である。「空に星があるように」はまたたくまにヒット。暮れの第8回日本レコード大賞新人賞に輝いた。

荒木一郎は詩人である。それも希有の・・

 荒木一郎が若者の共感を呼んだのは、その飾らない、作らない、自然体の言動だろう。俳優としては脇役、それもどこかひねた不良の役が何とも絶妙にハマってしまう風貌と、ぼくとつとした語り。そこから反体制的なイメージを抱きがちだが、彼の体から生まれてくる詞と音はどれも不思議なぬくもりに満ちている。
 誰もが一度は通る少年期から青年期にかけての多感な時期、溢れんばかりの若いエネルギーと燃え立つような想い、張り裂けるような怒り、しかし、どこにぶつけていいのかわからない、どう表現していいのかわからない。多くの若者が抱く青春のジレンマ。それら微妙な若者心理を自らの詞と歌でサラリと表現したのが荒木一郎だった。決してメッセージの押しつけではない。煽るようなストレートさもない。売らんが為のコマーシャリズムでもない。著作権の関係でここで詞を紹介することはできないが、星の光、夕焼け、浜辺、波・・・。なんでもない日常の自然を背景に、素直な心を綴った等身大の世界がそこにはあった。そして不器用であるが故に、一見とっつきにくい、ぶっきらぼうな態度のその奥にあるものを敏感に感じ取った若者たちが数多くいた。
 ラジオ番組「星に唄おう」からはほかにもいい歌がたくさん生まれている。シングル盤では「空に星があるように」のB面にカップリングされた「夕焼けの丘」。シングル2弾目の「今夜は踊ろう」とそのB面の「あなたといるだけで」、3弾目の「ギリシャの唄」と、そして極めつけがそのB面の「梅の実」。新しい生命に対する想いを表現したその詞の世界、そしてメロディ。せつなく胸をゆさぶるこの歌は、ジャンルなど無意味と思えるほどの独特な感性が溢れている隠れた名曲だ。他にも「6月の雨」(のちに堺正章がLPの中でカバー)など、セールス的にはそれほどでなくとも名曲と呼べるものは数多く残している。残念だが「いい歌」が売れるとは限らないし、また、反面、売れたから「いい歌」であるとも限らないのだが、いずれにしろ、荒木一郎の音楽は「売れる、売れない」で評価できる範疇のものではないことは確かだ。。

正当ではなかった評価

 荒木一郎はよく加山雄三と比較された。いや、正確に言えば、比較されたというよりは引合いに出されたと言うべきか。加山雄三はほぼ同時期に東宝の俳優として「若大将シリーズ」などで絶大な人気を誇り、音楽面でもシンガーソングライターとして、日本の歌謡界に新しい潮流を巻き起していた。そして、上原謙、小桜葉子という一時代を築いた人気俳優を両親に持つという芸能界のサラブレッドでもある。
 荒木一郎はやはり女優、荒木道子の息子である。だが、俳優としては、加山雄三が主役として明るい好青年を演じていたのに対して、荒木一郎の方はほとんどが脇役、それもアウトローである。そしてやはりシンガーソングライターとしての側面を持ち、共にバックバンド(加山雄三はランチャーズ、荒木一郎はマグマックス・ファイブ)を従え自らエレキも弾く。実際にはそれぞれがまったく違う個性を放っていたにもかかわらず、そういう表面的な類似点だけでマスコミは二人をよく一緒に取り上げた。だがそれも、大抵は絶対的スーパースターの加山雄三が中心であり、荒木一郎は二番煎じのイメージが強く、その比較対照としての扱い記事が目立った。この事が荒木一郎の音楽に対しての一般世間の正当評価をにぶらせ、マニアックな領分に追いやったことは否めないであろう。


NORAの「はみ出し語録」

 自分では全く意識していなかったはずなのに、寮の4人部屋の二段ベッドの上、布団の中で不覚にも涙を流した。ホームシックである。広い東京に唯一人。16歳。無理もないか。多感な時期、かなり強気な男で通っていたので、他の同僚にはもちろん絶対に見られないように必死だった。
 あの時はどうしようもなく郷愁にさいなまされた。普段、故郷なんて全く思い出したことなかったのに・・、私にとって「空に星があるように」はそんな思いにさせる歌だった。
 二段ベッドの下の同僚は、いつも一人でトランジスタラジオを聞いているような男だ。私は普段は皆が集まる食堂でテレビを見ているのだが、この日は少々風邪気味でいつもより早く布団にもぐりこんだ。その時、そのラジオから聞えてきたのが、荒木一郎がDJをしていた「星に唄おう」であり、そのテーマソングの「空に星があるように」だった。
 こっぱずかしくなるような青春の一ページ。お肌もツルツル、髪もツヤツヤしてたんだろうなあの頃・・・。

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星に唄おうシングル
●空に星があるように
シングル第1弾。叙情ムードに溢れ、フォークソングとも限定できない、また歌謡曲とも言い難い新鮮さが魅力だった。
●今夜は踊ろう
「今夜は踊ろう」と言っても、ディスコのような退廃的な場所ではない。波のしぶきが騒ぎ、夜空のシャンデリアが瞬く浜辺。あくまでも健康的なのだ。
●ギリシャの歌
なんといってもギリシャである。オリンピック発祥の地、アテネがあるあのギリシャだ。こんなテーマ誰も考えつかないだろう。これぞ荒木ワールドである。B面の「梅の実」が隠れた傑作。
プロフィール
荒木一郎

●生年月日:昭和19年1月8日生
●出身地:東京

 文学座の女優、荒木道子を母に持ち、9歳の時、文学座で初舞台。青山学院高等部在学中よりモダンジャズに夢中になり、バンド活動・作詞・作曲を始める。高校卒業後文学座入団。 NHK「バス通り裏」でテレビドラマデビュー。昭和39年、日活「風と樹と空と」で映画デビュー。」昭和41年、東映映画「893愚連隊」で映画評論新人賞受賞。同年にLP「ある若者の歌」で音楽デビュー。芸術祭で絶賛され文部大臣奨励賞を受賞。9月、自らがDJを務めるラジオ番組「星に唄おう」のテーマソング「空に星があるように」をシングル発売。第8回日本レコード大賞新人賞を受賞。昭和43年、「明治百年記念芸術祭」参加作品、アルバム「絵本」が各方面から絶賛を浴び、日本のポピュラー音楽を変えたとまで言わしめた。その後も独特の世界観で傑作、名曲を数多く生みだし、映画音楽のプロデューサー、作家など多方面で才能を発揮するが、1980年代始めに日本の芸能界のシステムに疑問を持ち突然活動を休止した。その後は気ままな暮しをしているようだが、カードマジックはプロ級で、知る人ぞ知るアマチュアマジシャンのカリスマ、それに関する彼の著書はバイブルともなっている。また、有名な切手コレクターであり、将棋は四段。芸能界から姿を消した後も各方面で輝いている不思議な人である。

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