長い髪にエレキを抱えていれば、不良と言われた。

 スパイダースとブルー・コメッツが先陣を切ったGSは若者たちをとりこにし、あっという間に歌謡界を席巻していった。
 当初、音楽的方向性としてはビートルズを初めとするリヴァプールサウンド(マージー・ビート)を目指していた動きがあったのだが、結果的に出てきた音は歌謡曲そのものであった。このことについて後年の評価では賛否両論あるかも知れないが、しかし、むしろそれはジャパンオリジナルとして認識していいはずである。歌謡曲こそ日本のポピュラーソングであり、そもそも音楽のジャンルというものは「便宜上」分けられているのであって、誰にもその境界に柵を立てる権利はないし、レッテルを貼る必要もない。歴史的にも融合離散を繰返してきて現在の音楽になっているのであるから、いろんなものが混ざりあったグループサウンズ。う〜む。いいではないか。
 
様々なエキスを取り込んではいるが、しかし完全なモノマネというわけでもない。(出来なかった?)日本独特の音文化になっている。結果的にはそれで良かった。欧米やアジアで今またGSが再評価されているのはその辺りにも遠因があるだろう。
 
GSは当時のテクノロジー事情からサウンド的にはチープであったかも知れない。しかし、いかにもアナログっぽいその音からは、演奏者の息づかいや熱い鼓動までもが聞えてくるのである。
 
GSも第二世代になると、プロダクションやレコード会社の思惑もあって、音楽性や演奏技術よりもアイドル指向が強いグループが続々と誕生して少女達の熱狂をさそい。ロック調、フォーク調、歌謡調、コミック調と硬軟とりまぜて全盛時には300を越えるほどのにぎやかさであった。
 こまかい理屈は抜きにして、当時の若者にとってはこれがカッコよかった。カッコ良さに理屈はいらない。大人達に「不良」とうしろ指さされても、教育委員会からコンサートを拒否されても、若者のエネルギーは抑えようもなく、社会をも巻込むほどのエポックメーキングな出来事となったのは事実である。


突っ走りコラム
あの頃みんな若かった
 
それは新しい歌謡曲の潮流だった・・・・・2001/10/14
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