コンサート禁止

 エレキ=不良といわれ、大人達はエレキバンドやGS、それに熱狂する少年少女達に眉をひそめた。特に中学・高校では全国的にコンサートに行くことを禁止され、教育委員会や教師が会場の入口で見張っていたものだ。
 差し支えがあるので、名前はだせないが、ある地方のコンサート会場で見にきた高校生と教師が大乱闘になった。キャパは1500人くらいで、そのうち約900人が高校生だったらしい。騒ぎは1時間くらいでおさまったが、結局ほとんどのお客がかえってしまい。客席には約100人くらいしかいなかった。それでもそのバンドは一生懸命演奏し、最後には観客も一緒に泣きながらエンディング・・。その後そのバンドはボランティアで老人ホームや擁護施設をコツコツとまわり、民謡や愛唱歌を演奏してエレキが悪いわけじゃないと訴え続けた。彼等の活動は地方夕刊紙にも取り上げられたりしたが大勢に影響なかった。
 そのうちエレキブームも去り、数年後には社会的な騒動はなくなった。今では高校生も自由にライブが見れる世の中だ。

バンドボーイ

 
この当時、プロのミュージシャンになるにはみんなどうしたか、業界にコネがあれば当然利用するが、そんな恵まれたやつは数えるほどしかいない。自分達で曲が作れれば、デモテープを持ち込む。しかし、これもほとんど門前払い。
 すでにバンドができていれば、ゴーゴー喫茶(今はライブハウスというらしいが)や、地方のヘルスセンター、ホテル、ダンスホールなどに出演させてもらう。中にはクラブやキャバレーに出演したものもいた。いわゆる武者修行である。ほとんどはこちらからお願いするので、ギャラは安いし、時にはノーギャラの場合もある。しかし、目的は目の前のお金ではなく、腕を磨き、人気を得て有力な関係者の目に(耳に)とまるチャンスを待つことなので、あまり気にせず、演奏ができればそれで楽しかったのだ。我々はこの方法だった。
 あとは可能性はうすいが、ヤマハのライトミュージックコンテスト(現在のポップコン)に出場するか、ただしこれは全国優勝しないとチャンスはないし、予選からとなると時間がかかる。
バンドを組む仲間がいないものは(いたとしても)バンドボーイとして、すでにプロとして活動しているバンドに雇われる方法もある。バンドボーイは「ボーヤ」と呼ばれ、コンサートの舞台の設営からアンプやマイクなどの音響機器のセッティング。チケットの販売、受付け、場内整理までしていた。現在ではこういうコンサートスタッフは専門のPA業者やプロダクションがあり、そのつど請負っているが、当時はバンドや所属事務所が直接雇っていたわけだ。当然給料は安く、小遣い程度であったが、いつしかプロとしてステージに立つことを夢見て、間近でプロのステージワークやテクニックを盗んでいた。それに関係者とも知り合うチャンスも多い。お笑いスターの志村けんも、最初ドリフターズのボーヤだったし、宇崎竜童はガリバーズというGSバンドのマネージャーだった。
 こうやって、多くの若者が華やかなスポットライトの影でうごめいていたが、下積みが報われるのはほんのひと握り。ほとんどは夢破れ、普通の仕事につくか田舎へ帰っていった。

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