1964年4月、C&W、ロカビリーなどで活動していたバンド「ウェスタン・キャラバン」が解散。一部のメンバーがシャープホークスに合流して活動再開。1965年3月にブルーファイヤをやめた三根信宏がリードギターとして加入。その後、バンド部分が独立、シャープホークスとはユニットという形で活動することとなった。6月に放送を開始したフジテレビ「勝抜きエレキ合戦」にレギュラー出演。三根信宏の美しく正確なギタープレイが青少年達を釘付けにし、その人気は寺内タケシにもせまろうかというほどになった。エレキバンドとして着実にその存在を高め、8月にバンド名を「井上宗孝とシャープファイブ」とし、エレキブームの中心的存在としてコンサートやレコードに大活躍。
1966年夏にグヤトーンと三根信宏は新しいエレキ・ギターの開発に着手、12月にプロトモデルが完成し使用開始。これが翌1967年4月に発売され人気を呼んだ「グヤトーン・シャープファイブ・モデル SG-350シリーズ」である。
 1967年12月、それまでの「キング」から「コロムビア」へとレコード会社を移籍。時代はGSブームへと移り変る中、前田美波里などのガールズポップのバック演奏を務めるかたわら、インスト・アルバムも確実にリリースしていった。なかでも盲目の作曲家として世界的に知られていた宮城道雄が、昭和4年に発表した笋と尺八の二重奏曲「春の海」をエレキ・インストゥルメンタルにアレンジ。これをメインにしたアルバム「春の海」は1968年11月にアルバムチャート第1位を記録。このレコードは名盤の呼声高く、今では高額プレミアがつくほどになっている。
 なお、宮城道雄の版権はビクターが保有していたことから、コロムビアでは自社専属作曲家の古賀政男の曲をビクター所属の森進一に提供することで発売許可をとりつけた。

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